雪花伽

たぬきと添い寝したい。

絵の解説(まやつき下)

まやつきは完結いたしましたが、もうしばらくお付き合いください。

 

意図したわけではないですが、上は近代以前の作品が多めなのに対し、

下は現代芸術が多めになっています。 

まだ著作権が切れていないので写真はありませんが、ご了承ください。

 

ネタバレ注意です。

 

5.

《無題》

ズジスワフ・ベクシンスキー

 ベクシンスキーはその退廃的・残酷な作風から終焉の画家と呼ばれていますが、それがかえって一部の人を魅了してやみません

 その絵の不気味なあまり、三回見ると死ぬという都市伝説もあるようです。

 

《ロレートの聖母》

ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョ

 礼拝堂の装飾画として描かれました。

 カラヴァッジョは目に見えるものしか描かない画家で、慣例として神々しく描かれていた聖母子を、聖性を剥奪し写実的に描きましたが、

 当時の人々には不評で受け取りを拒否されました。

 

6.

《オフィーリア》

ジョン・エヴァレット・ミレイ

 『ハムレット』のヒロイン・オフィーリアの架空の死の場面を描いています。

 モデルはエリザベスという女性で、浴槽にお湯を張ってポーズを取りましたが、お湯が冷めて肺炎になってしまい、慰謝料を請求されたというエピソードがあります。

 

聖プラクセディス

フェリーチェ・フィチェレッリ/ヨハネス・フェルメール

 サインが2つある絵です。

 イタリアの無名画家・フィチェレッリの作と考えられていましたが、最近、フェルメールの作品ではないかと言われています。

 上野の国立西洋美術館に収蔵されています。

 紅色が印象的な絵で、基本的に国立西洋美術館の常設展は撮影可なんですが、この絵だけ撮影禁止になっていました。

 

☆おまけ

《ピス・クライスト》

アンドレ・セラーノ

 何も言うまい。

 セラーノは挑発的な作風で、キリストを冒涜するような作品を制作しますが、本人は実は敬虔なクリスチャンです。

 

《折れた背骨》

フリーダ・カーロ

 露出した背骨にひびが入り、肌には釘が打たれているという痛々しい自画像。 

 フリーダは若い頃に交通事故に遭い、その後遺症に障害悩まされ続けました。

 

《空間概念》

ルーチョ・フォンタナ

 キャンバスにナイフで切れ目を入れた作品。平面の絵画に立体性を持ち込もうとしました。

 

7.

《我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこへ行くのか》

ポール・ゴーギャン

 50代での自殺未遂のとき、遺書として描いた作品です。

 輪郭線を太く描き、中を一色で塗りつぶしたステンドグラスのような技法はクロワゾニズムと呼ばれています。

 

8.

《存在せよⅠ》

バーネット・ニューマン

 青で塗られた一面に、zipと呼ばれる塗り残しの白い線が特徴的です。

 アメリカの抽象主義は絵画の定義とは何かを追い求め、絵画にしかない要素を切り詰めていきました。

 

☆おまけ

インターナショナル・クライン・ブルー

 イヴ・クラインが発明した青い顔料で、現在も購入できます。

 この絵の具を裸の女性に塗りたくって壁に人型をとる《人体測定》や、ICBで塗られたミロのヴィーナス像《青のヴィーナス》なども有名です。

 

9.

《大工の聖ヨセフ》

ジョルジュ・ド・ラ・トゥール

 キリストの養父・ヨセフの手元を蝋燭で照らす幼いキリストを描いています。

 キリストは30代で伝道生活に入るまで、父と同じ大工仕事をしていました。

 二人には血の繋がりはありませんが、目線のやりとりから精神的な絆を感じることができます。

 

☆おまけ

ヴィーナスの誕生

アレクサンドル・カバネル

 カバネルはアカデミスムの画家で、時期的には丁度マネオランピアが描かれた時代です。

 印象派が前衛だとすると、アカデミスムは伝統ある画壇といった感じでしょうか。

 当時の絵画は筆跡を残さず大理石の表面のように仕上げるのが慣習でした。

 

10.

《燃え落ちる蝶》

亀倉雄策

 亀倉雄策は、昭和期を代表する日本のグラフィックデザイナーの一人です。1964年の東京オリンピックのポスターも彼の仕事。

 広島の反核兵器ポスター『ヒロシマ・アピールズ』のうちの一枚。恐ろしいものを美しいもので表現する発想は脱帽ものです。

 

《ベラスケスの〈インノケンティウスX世像〉による習作》

フランシス・ベーコン

 なんだかまどろっこしいタイトルですが、先にベラスケスの《インノケンティウスX世像》という作品があります。

 インノケンティウスX世はカトリック教皇で、普通教皇肖像画というものは神聖な感じに描かれるものなのですが、

 バロック期の画家・ベラスケスは彼の透けて見える野心さえキャンバスに封じ込めてしまい、俗っぽい仕上がりになってしまいました。 

 現代芸術家・ベーコンはそれとはまた別の『叫ぶ』という行為によって聖を俗にいやしめています。

 

 

お疲れさまです。