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雪花伽

たぬきと添い寝したい。

まやかしの月 下3-7

7-7.Ghost:ゴースト

  日課のリハビリが終わって病室に帰ってくると、俺の病室で麻耶が絵を描いていた。

 生白い裸の背中に、小さな蝶の翅を生やした少女の絵だ。ちょうど肩甲骨の辺り。ステンドグラスのように縁が黒く、飴細工のように透き通っている。美しいが、成長途上のそれは小さすぎてとても飛べやしない。それが画面から漂う閉塞感を倍増させる。思春期の少女特有のなんとやら。評論家ならそんなことを言うのかも。

 その傍で、絵の中の少女と同じように膝を抱えた姿勢をしながら、椅子の上でうずくまる麻耶がいた。こちらはちゃんとセーラー服を着て、背中にも翅なんてどこにも見当たらない。

 何かの本で読んだのだが、妖精の女王様は蝶の翅をしているのだそうだ。天使が立派な鳥の翼だとして、格下になっていくにつれて、蜻蛉、羽虫、とちゃちになっていくらしい。妖精は蝶だ。

「お前、どうして病室で絵描いてるんだよ」

「病室で絵を描いちゃいけないって規則はないわ」

「俺がよくねえよ、くさいし」

 ペトロール、っていうのだろうか。灯油のようなつんとしたにおいが鼻をつく。なんというか、脳みそが危険だって、全力で拒絶反応を起こすにおい。

「お前、学校行かなくていいのか?」

 平日の午後だ。まっとうな高校生が遊んでいていい時間ではない。

「テスト受けてるから大丈夫」

「そういう問題じゃないだろ」

「高校って勉強するところでしょう? わたし、あきらより成績いいわよ」

 麻耶は一種の天才だ。

 勉強している様子がないのに、教科書など一回読むだけで理解できる。弟の由一も頭がいいが、麻耶は由一よりももっと頭がいい。ちなみに得意教科は数学。意外や意外、本能と感性で生きているように見えて、彼女は理系なのである。

「教育の構造は、洗脳に似ている」

 彼女は言い切った。

「そもそも、学校のシステム自体おかしいわ。学校という半ば閉鎖された空間の中で、チャイムと一緒に勉強して、休憩して、授業中には黙って座って、先生の話を聴いている。自分の人生なんだから、自分の時間をどのように使おうが勝手なのに。奴隷のようね。教育ってのは、進んで命令に従う身体を作るってことよ」

「……お前学校で何があったんだ」

ストックホルム症候群、って知ってる? 一九七三年に起きたストックホルムでの銀行強盗事件で、被害者であるはずの人質が、犯人の寝ている間に警察に銃を向けたり、事件のあと、犯人に愛の告白をしたりする事態が起きたの」

 監禁中、被害者の生死は加害者の手に握られている。だから人間の生存本能は、生き残るために加害者に好意を抱かせ、彼らの望む行動を取らせるのだ。いわば恐怖が、脳が錯覚させる、偽りの愛だ。

 ちなみに時間が経って冷静になってくると、今度は強烈な憎しみを感じてくるようだ。

「学校でしか学べないことも、色々とあると思うけどな」

「そう考えてしまうこと自体が洗脳の結果なのよ」

 そう言われてしまうとぐうの音も出ない。卑怯だ。

「『学校に行かなければならない』とか、わたしたちはそういう見えないルールに縛られている。

 でもルールは悪いものじゃないわ。ルールがあるゲームは楽しいものね。みんな自らに課したルールを、鬱陶しがりながら内心楽しんでいるの」

 路加高校の校則では、秋に文化祭を開かなければならないことになっているらしい。文化祭なんて費用も人手も時間もかかるし、実質そんなものがなくても卒業はできるが、文化祭のない高校生活なんてあまりにも味気ない。

「わたしたち、本質的にはもっと自由なのよ。――例えば、あきらは銃を手に入れる方法を知ってる?」

「知らない」

 銃なんてホームセンターで気軽に買えるものではない。何故なら日本には銃刀法があるからだ。違法に手に入れる手段なら知らないが。

「でも、今からたった百五十年前には、街を腰から刀を下げたお侍さんが歩いていたのよ」

「何が言いたいんだ?」

「時代によってルールは変わるってこと」

 でもそうやって俺たちを規制するルールは、実は結構緩い。

 俺たちは、守らなくても実はどうってことないような、様々な見えないルールに囲まれている。

「ルールがなくなったら、どうなる?」

「魂が人の形を保てなくなるわ。わたしたち、得体の知れないぶよぶよを、コルセットみたいにルールで締め付けて自分の形を作っているの」

 食事は一日三食です。――そのルールはあってもなくてもいいようなものだけれど、それがなくなって何食でもよかったら、彼は一日に何食食べれば健康にいいか分からなくなって、心配で食事を摂ることすらできなくなるだろう。

「ねえ、あきら。人を殺す方法が知りたいの」彼女はひとりでに首を振る。「ううん、正確に言えば、人を殺して生き返らせる方法」

 なんだ、唐突に。

「お前は誰か殺したい奴がいるのか」

「うん。お父さん」

 麻耶は言った。

「お父さんを殺して生き返らせるの」

 ころしていきかえらせるの。

 珊瑚色の彼女の唇の形が目に焼きつく。

 刺殺。

 絞殺。

 毒殺。

 撲殺。

 彼女の言う〝お父さん〟が、彼女の生みの親の離婚したクソな父親のことか、それとも瀧上牧師のことかは、俺には分からなかった。

 確かに大の大人一人を相手にするのは骨が折れるだろうが、人を殺す方法は沢山ある。だが生き返らせる方法となると、ちょっと難しい。

 死んだ人間は決して生き返らない。この世の真理だ。

 だがキリスト教では、最後の審判の日に、死者が肉体を伴って蘇るのだという。

 俺は敬虔なクリスチャンなので、基本的にキリスト教を信じているが、さすがにそれはないだろう、と思っている。魂が不滅で、死後天国に行けるというだけで十分僥倖だ。死んだあとなお、肉体の快楽を貪る気はない。肉体が蘇ることがそんなに重要だろうか、と思ってしまうのは日本人的な考え方だろうか。

「つらい」

 絵に目をやる。

 ところで麻耶は絵の一部分が気に入らないようだった。さっき蝉のぬけがらみたいにじっと身体を抱えていたのも、それでふてくされていたためらしい。

 俺の目にはどこが問題かは分からないが。

 麻耶は絵が上手い。この絵も、高校生らしからぬ超絶技巧だ。

 彼女の絵はところどころで評価されていて、美術展の最高賞を貰うことも少なくない。彼女の前の父親は芸術家だったそうだ。

 麻耶の将来の夢は、画家になることだった。そして狂ったように絵を描き続けていた。

 赤い靴をはいた不謹慎な少女が、踊る。

 どうして心を病んでまで、そんなつらい思いをしてまで、絵を描かなければならないのだろうか。

 麻耶が画家だったなら、それで食っていかなければならないから、売るための絵を描いている、というのは分かる。だが麻耶は今描いている絵を売る気はないし、誰かに見せて得られる評価なんて、この天才は聞き飽きているだろう。

「ゴースト」

 麻耶は呟いた。

「このおばけと上手に付き合っていかなければならないの。消しても駄目だし、呑まれても駄目。この闇はわたしに創造する力を与えてくれるから。パパもそう言っていたわ」

「どうしてお前は絵を描くんだ?」

「どうして描くの、じゃなくて、描かずにはいられないの。誰にも見せない日記みたいなものよ。今日のわたしは今日にしかいない。わたしは刻一刻と変わってゆく。変わらないものなんてない。だからわたしをきざみつけるの。わたしってわたしが一番よく分からないけれど、あのときのわたしってこんなことを考えてたんだって、絵を見たときに思い出せる。

 これは、わたしの人生よ」

 ――俺たちは大人になるにつれてできることが増えていく。だがその一方で、子供の頃にできたことができなくなっていく。

 例えばジャングルジムのてっぺんから飛び降りたり、なりふりかまわず誰かに恋をしたり。身体は大きくなり、力も子供の頃より強くなったはずなのに、落ちる痛みを学習してしまったから、前より身体がしなやかでなくなってしまったから。

「――だから、変わる前のわたしをよく見ておいてね」

 ……だから俺は日記を書く。

 ねえ。

 人間が動物と違う唯一の特性って、何か知っているだろうか。

 イルカだって会話をする。

 チンパンジーだって道具を使う。

 二足歩行すること。

 火を使用すること。

 そして、文字で言葉を書き記して、誰かに伝えること、なんだって。

 だから、俺は今最高に文明的な行為をしている、ということだ。

 この日記を俺の知る人には読んでほしくないと思う。それこそ悶絶してしまう。特に身内には。

 遠い名前も知らない誰かに、この日記が読まれたらいいと思う。

 俺の死んだあとも変わらず漂流し続ける電子の海に、俺はこの日記を放流する。口にした瞬間、宙に融けて消えてしまう言葉を。手紙を詰めた、ガラスの瓶を放つように。

 本棚の本の背表紙を見られるのは、頭の中身を見られるようなもの。

 自分の書いたものを読まれるのは、腹を開いて内臓を見られるようなもの。

 ……つくづく文章を書く人間というのは、露出狂の変態なんじゃないかと思う。人のことを言えたものじゃないけど。

 それでも書かずにはいられない。俺の全てを知ってほしい。

 テレビを点けると、納豆ダイエットなるものを紹介していた。一日一回納豆を食べると健康に良いらしい。全く、この世の中にはダイエットに効果のある食べ物が一体どれだけあるのだろう。こんなのはダイエットじゃない。むしろまるでゲームだ。翌日からスーパーの店頭から納豆はなくなり、世の主婦たちは、一日に一回それを食べなければならないというルールのゲームを楽しむのだろうな、と思った。

 ねえ、あきら。ジョージ・シーガルって知ってる?

 知らない。

 そう答えると、麻耶は教えてくれた。

 ジョージ・シーガルは、二十世紀アメリカの彫刻家で、彼は当時彫刻界でタブーであった、人体からの直接の型取りを行った。彼の作品は石膏を染み込ませた包帯をモデルに巻きつけて型取りし、あたかも生きているような生活感を感じられるそうだ。

 だから、その彫刻を真っ二つに割ると、中身は空だ。

 俺に巻きついている包帯を解いて肉体を解き放ったら、中心には何が残るのだろう?