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雪花伽

たぬきと添い寝したい。

まやかしの月 下3-4

7-4.Paloma:パロマ

  あの後のことだ。

 俺と麻耶は病室に二人きりでいた。

 思うに、親友の姉というのは難しい立場だ。それほど話したことがないのに、無視もできない。

 由一のほうとは長い付き合いになるが、麻耶と会うのは久しぶりだった。俺が覚えているのは子供の頃の姿だ。

 昔の麻耶はよく喋る奴だった。一方、由一はあまり喋らない子供だった。成長するとそれは逆転していった。麻耶は喋らなくなり、由一はよく話すようになった。

 にしても、全然似ていない。双子の弟の由一とだ。その顔の端正さといったら、さすが姉弟といった感じだが、内面が。由一は確かに口は悪いが、男前で、頭も切れるし、足も速い。生徒会に所属していて、口が上手いから教師、生徒からの信頼も厚い。女子からはモテるし、惜しいことといったら、身長が足りないことだけだな。

 俺に鳩を手渡しながら、

「あんたからお医者さんに頼んで」

 とはいえ彼らは人間の医者であるわけで、鳥は専門ではない。駄目元で頼んでみると、忙しい中だというのに、すぐさま鳩の傷口を縫合してくれた。

 手術後の鳩は元気そうに見える。

 手から放すと、テーブルの上をよろよろと歩いている。俺は地面を這う鳥を初めて見た。

「なんて名前?」

「え?」

「本当に大切なものなら、名前をつけてあげなくっちゃあ」

 麻耶はふーん、と気のない返事をしたが、しばらく考えこんだあと、

「じゃあ、パロマ」横文字か。こいつにしてはなかなか粋なネーミングじゃないか。「なんて意味?」

「『鳩』」

「そのままじゃん」

 もっといい名前つけてあげろよな。

 俺はふと訊ねた。

「なあ、お前、ミズヤマシズキって知ってるか?」

「誰それ。瑞山露綺なら知ってるけど」

 意外な名前が出てきて驚いた。

「露綺と友達なのか?」

「友達っていうほどでもないわ。彼女も絵を描くから。

 ――ところで、教えてあげましょうか。彼女、人を刺したことがあるのよ。神経衰弱と診断されて、精神科で治療してる。病院で見たことがあるわ」

 実は麻耶は精神科に通院していた。

 どうも感受性が異様に高いらしく、五感では捉えられないほどの微細な刺激を増幅し、自らの知識や空想と混ぜ合わせ、一つの世界が目の前に立ち現れてしまうのだ。

「あんた、気をつけたほうがいいわよ」

 野生動物のように、鼻をひくつかせて空気のにおいを嗅いでいる。自分が臭いと言われているようでなんか複雑だ。

「死肉のにおいがする」

 お前までそれかよ。やめてくれ。

 麻耶には少々エキセントリックなところがある。いかにもゲージュツカっぽい。

 そう。麻耶はものすごく絵が上手かった。多分、将来は画家になるのだと思う。

 どのくらいエキセントリックかというと、以前彼女が首から空の虫かごを提げていて、

 『それ、何が入ってるんだ?』

 『お父さん。あのお父さんは偽物だから』

 ……とまあこのように、彼女の父親はそんな彼女を心配して、病院に通わせているのだ。

 彼女には昔から人には見えないものが見える。しかしそれが幻覚や妄想の類であることを俺は知っていた。それのせいでクラスメイトから疎まれることもあった。

 麻耶は、そのことを度々〝翼〟と表現した。

 彼女は〝視える〟ことを誇りにしていた。そして〝視えない〟俺たちのことは端から睥睨していた。

 そう警告してくれたのは、俺が褒めたお礼のつもりだろうか。でもなんだかな。喩えるなら、命を助けてやった禿鷲が、しとめた生肉を持ってきてくれるくらい嬉しくない。

 以前にも露綺に同じようなことを言われた気がするが、そんなにするのだろうか。他人から分かるくらいに。俺は袖のにおいを嗅いでみるが、何も感じない。

「それにしても、あんたが入院してるなんてね」

「うるせ」

「あんたどこが悪いの」

「頭が悪い」

 麻耶は鼻で笑った。俺の返答がお気に召したようだ。

「よく分かってるじゃない」

「どうも」

 俺も由一も、なんだかんだ言って麻耶には頭が上がらない。我儘な奴だがなんだか憎みきれなくて、まさに腐れ縁という形容が似合う。

 ――それにしてもなんだよ、人を刺したって。

 だがそれは、麻耶によるたわいのない悪意ある作り話だと、そのときは大して気にしてはいなかった。