雪花伽

たぬきと添い寝したい。

まやかしの月 上2-5

2-5.Luca's Yard:路加の杜

 ロキと別れた後、僕は裏庭で散歩することにした。

 学校附属の礼拝堂に続く道は、〝路加の杜〟と呼ばれていた。

 この学校の裏庭は、創立当時から敷地を囲むように植えられた木々のために、森のようになっている。立ち寄る生徒がほとんどいないので寂れているが、マイナスイオンが出ているというか、自然が多くて落ち着く。下手に人もいない。

 整備されているものの、活用されていない森の遊歩道を何の気なしに歩いていると、視界の端に白っぽいものが映った。

 僅かに感じた違和感にふと立ち止まり、脇を見た。

 そこに、ぽつりと。

 土で満たされた花壇の上で立ち枯れした、水気のない茎や葉。それに紛れ、青白い死肉の色をした腕が、オブジェのように突き立っていたのだった。

 五本の指が精密な人間の腕だ。

 あまりにも自然体だった。普通に植物として土の中から出てきたように、この風景に溶けこんでいるのが、逆に異様だった。

 肘から先しか見えず、それが男の物なのか女の物なのかさえ分からない。趣味の悪い彫刻作品のように悪意を感じるし、頭の回転が鈍って、どんな感情を抱いたらいいかも分からない。

 森がざわめく何かの予感に、はっと顔を上げた。

 さぁっ、と得体の知れない暗い木々の奥から風が吹いてきて、巻き込んだ枯葉が擦れながら飛んでいく。

 随分と息の長い風は、僕の髪にも触れる。

 それに合わせ、花のような、腕の、枝垂れさせ折りたたまれた指が、不規則に揺れた。張り付いた爪は透明で、よく見れば土が詰まって薄汚い。紫色に変色した肉が見える指先が、芋虫のように動く。

 後ずさりして、助けを求めようと辺りを見渡すが、悲しいほど人の気配はなく、僕は目を逸らすわけにもいかなかった。

 それはまるで土の下に誰かがいて、今にも這い上がろうとしているようだった。花壇という水槽の中から、土に埋もれて腕だけが一本溢れ出しているかのように。

 ――じゃあ、この下に一体、何が埋まっているのか。

 良くない考えを振り払い、急に思い浮かんだことがあった。彼女はこのことを知っているのだろうか。

 彼女は平然と、この真上で絵を描いているはずだ。知っていて、黙っているのが正しいことならば、僕もそれに従おうと思った。

 僕にとっては慣れ親しんだこの日常を壊してしまうことが、何よりも恐ろしいことに思えたのだ。