雪花伽

たぬきと添い寝したい。

創作小説

創作小説の管理を一本化するべく、

当ブログから「小説家になろう」さま、「カクヨム」さまに移転しましたので、

リンクとあらすじをまとめました。

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お知らせ

当ブログで連載中の『DADA?』ですが、

小説家になろう」さま、「カクヨム」さまに移転することにいたしました。

 

しかも平日毎日更新です。

小説家になろう/カクヨム、どちらも内容は同じですが、

小説家になろう」のほうが数話早いです。

 

リンクは以下の通りです。

 

『DADA?』

→小説家になろう(平日6:00更新)

→カクヨム(平日18:00更新)

 

何卒宜しくお願い申し上げます。

トラベラー〜自由すぎる作品たちの独り言

トラベラー:まだ見ぬ地を踏むために 2018.1.25@国立国際美術館

 

開館40周年記念展だそうで、おめでたいですねー。

おなじみのB3Fだけでなく、普段は常設展をやっているB2Fまでぶちぬいています。

国立国際美術館ことNMAOは、風光明媚な中之島で昭和・平成のアート・シーンを見守ってきた現代美術館です。

 

今回のNMAOさんは本気でしたね……。

展覧会はキャプションの解説の量で、学芸員が想定している客層を測れる気がするんですけど、

エンターテイメント性の高い展覧会だと、普段美術館に来ない人や、芸術に疎い人のために解説が書いてあります。

悪く言えば大衆に媚びているというか。

 

トラベラー展は完全に一見さんお断りの、アートファン向けの展覧会です。

なんてったって、作者すら書いていない。

 

第一部は『多層の海』と題しています。

ロバート・ラウシェンバーグの『至点』を象徴的なモニュメントと位置づけ、

コレクションを時間、歴史、記憶といった多層のレイヤーを横断しつつ見ていくという構成。

 

さて早速、作者名のキャプションだけがずらっと並んだ白い壁が現れます。

心で見る絵画なのか……? と思っていたら、看視員さんがオーディオ端末を渡してくれました。

 

カリン・ザンダーの『見せる:国立国際美術館のコレクションを巡るオーディオ・ツアー』

オーディオ端末でキャプションに書かれたトラック番号を聞くと、その作家のトークやら思い思いの音声(何を録音するかは作家の自由で、何故か鳥の鳴き声が入っているものもある)を聞くことができます。

 

141名の作家全員分を聞いているわけにもいかないので、気になった作家だけ拾い聞きします。

知らない名前ばかりで勉強不足を実感します。

森村泰昌さんのトラックは、嘘つきのパラドックスならぬ、芸術家のパラドックスでした。

この人ひねくれてるわ……。

 

現代芸術が近代以前の芸術と違うところって何でしょうか。

 

現代芸術は動くし、喋りもします。

そう歌ったりわめいたりされると、あたかも作品が意思を持っているように感じられます。

 

今までになく映像インスタレーション作品が多く、展示室内は思い思いに作品が喋る声でうるさいです。

大層賑やかな芸術の家でした。

 

それぞれの作家が独り言を言っているような感じです。

聴いていても聴いていなくてもいいけど、みたいな。

鑑賞者はそれに耳を傾けてやったり、やらなかったりします。(30分ある映像作品とか全部見てられないので)

 

第二部は『時をとらえる』。

まえがきによれば、美術館は静的で形ある作品を収集、永久所蔵するのに向いており、「芸術の墓場」と比喩されます。

近代以降、美術館は映像、インスタレーション、パフォーマンスなどの動的かつ形のない作品をどうコレクションしていくか、という難題を突きつけられてきました。

一回きりの作品をどう後世に残し、伝えていけばいいのか。

 

ホワイト・キューブという近代展示法が一般的になると同時に、美術館から作品が”逃げ出す”ようになってきました。

美術館には収まらない、地形を素材としたランドスケープ・アートや、形の残らないパフォーマンス・アートなどです。

そんな時代、20世紀に発生した芸術動向を見ていきます。

 

ティノ・セーガルの『これはプロパガンダ

B2Fホールのある看視員(学芸員ではない)さんの前を通りかかると、

突然その看視員さんがすさまじい美声で歌い始め、「『これはプロパガンダ』、2002」と言って締めます。

人間(厳密に言うと行為)が作品なわけですね。

 

これは”ハプニング”という芸術形式でしょうか。

50s〜70sにフルクサスという団体が行ったパフォーマンス・アートの一種です。

芸術家が作るのは、スコアと呼ばれる指示書です。

その指示書を元に行われた無形のパフォーマンスが作品です。

 

びっくりしました。それにしてもあの看視員さんはただものじゃないですね。

あと無視してごめんなさい。

職員すら油断できない……。美術館はお化け屋敷だったんだ!

 

楊嘉輝(ヤン・サムソン)の『ミューテッド・シチュエーション #1:無音の弦楽四重奏

弦楽四重奏の映像ですが、奏者は弓で弦をこすってはいません。

しかし演奏中に不意に弦に触れてしまったりして、予期しない音が発生し、それが音楽のように聞こえます。

 

ジョン・ケージの『4'33"』を彷彿とさせます。

楽譜には「tacet」と書かれているのみの無音の音楽です。

 

ケージは、楽器の音だけが音楽なのかと考え、

演奏を聴いている観客の呼吸や衣摺れ、咳ばらいといった身の回りに溢れている音も音楽であり、それに耳を傾けてみようという趣旨の作品。

 

弓をこすらないこと以外は普通の演奏です。右手は激しくビブラートをかけ、左手は弓を動かしています。

音は鳴らさなくても演奏家同士のアイコンタクトをしっかりして、入りのタイミングを合わせているんですよね。口パクだからって適当に弾いているわけではありません。

きっと彼らの頭の中では幻の楽曲が鳴っているのです。たとえ私たち観客には聞こえなくても。

 

・おまけ

わたしにもっと芸術知識があり、感受性が豊かだったなら、もっと本展を理解できたのでしょうが、

現代芸術は難解で、1パーセントでも理解できたらいいほうです。

 

トラベラー展はなんとリピーター割引があります。

展覧会の半券で大人1200円→600円になります。

美術館側も想定内のもようです。一回で分からなかった方は是非リピートを。

ゴッホ展〜ほんとうに日本の夢のようだよ!

ゴッホ展 巡りゆく日本の夢 2018.1.21@京都国立近代美術館

 

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ゴッホは日本に憧れながらも、一度も日本に来たことがないという話は有名です。

日本を紹介した書物や実際に日本に行った人の話から情報を手に入れていました 。

そこから得られる断片的な情報を元に、ゴッホは日本を理想化していました。

 

そういえば平安時代の貴族も、日本の名所を和歌に歌い上げていますが、

実際は行ったことがない場合がほとんどだという話を思い出しました。

彼らは他の和歌からイメージを膨らませて、名所の美しい情景を自分の中に作り上げ、歌に詠みました。

 

 

それと同じで、見たことがないからこそ自由に想像の翼が広がり、どこにも存在しないユートピアとしての日本がキャンバス上に残されたのです。

 

有名な思考実験に『メアリーの部屋』というのがありますが、

メアリーの部屋 - Wikipedia

 

メアリーは生まれてからずっと白黒の部屋に住んでいて、色を見たことがありません。

でも赤や青のことを知識としては誰よりも詳しく知っています。

彼女が色のある外の世界に出たとき、新しく学ぶことはあるのか、ないのか、という話。

 

多分、白と黒しか見たことがない頃のメアリーが想像する青というのは、

少なくとも、私たちが知っている青よりもずっと美しかったんじゃないでしょうか。

私はそんなことを考えています。

 

あとIbのメアリーってここから来てるのかな……。

閑話休題です。

 

ゴッホの作品には謎の没入感があることに気付きました。

『寝室』『タラスコンの乗合馬車』を見ると明らかにパースが狂っているのに、

自分が絵の中に入り込んでそこに立っているような感覚を覚えます。

 

それから配色や筆のタッチが作品ごとに大きくばらつきがあります。

『ラングロワの橋』、あまりゴッホらしくない配色・筆触だと私は感じましたが。

ゴッホにとって毎日が絵画の研究だったのでしょう。

実験を繰り返してよりよい表現を求めるゴッホの研究者気質、私は好きです。

 

『第四章 遠ざかる日本の夢』では、アルル、サンレミ時代の自然の草木を描いています。

多分ゴッホは座って描いていたのではないかなと思います。

草原の中、椅子に座って描いているようなアイレベルで、あと結構近眼的な構図であるような気がします。

足元見たら、「あ、草がある」みたいな。

 

モネの絵を見ると、彼は風景全体を捉えていて、割と引きな構図のような気がするのですが、

なんというか、モネは外から自然を描いているのだけれど、ゴッホは自分も自然の中にいて、その内側から描いているんですよね。

 

『第五章 日本人のゴッホ巡礼』では、手紙や芳名帳を元に交友関係を紐解きます。

ガッシェ医師は医師だけあって字が綺麗ですね……。

 

ゴッホ作品のスケッチをした日本人の手帳が展示されていましたが、

自分が死んだら手帳をあんなふうに晒されるのはやだな〜と思いました。(ろくなことを書いていない)

 

ゴッホの絵はもう内側まで絵の具が固まっていて、美術館も現代美術の乾ききっていない油絵の具の匂いはしません。

ですが同時代の人として、彼の絵を初めて見たテオや画家仲間はどんな衝撃を受けたのだろう、などということを考えながら鑑賞していました。

 

・おまけ

美術館の顔出しパネルってよくありますけど、

「o」から顔を出すパネルは初めて見ました。新しい……。

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DADA?:Work1-0

あらすじ

 人間の脳とインターネットとを直接接続するニューラル・インターフェース、SmartTagが一般的となったハイテク社会。わたしの上司、画商の有栖さんは、アナクロタブレットハンズフリー端末で世界と渡り合おうとしている。今日も旅で訪れたニューヨークで同時代絵画を売ろうとするのだが、その作品にはとある秘密があった。

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